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偶然性の絶えない人生にしたい

以前から最終的に納得してから死にたいと考えていたが、その過程で偶然性の絶えない人生にしたいと思うようになった。

いつからそう思うようになったか。当時は自覚的ではなかったが人生の賞味期限が切れた22, 23歳あたりからだったのではないかと思う。

人生の賞味期限の意味合いはこちらをご参照ください -> 人生の賞味期限について - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記


偶然性は飽きとは無縁の要素だから良い。人生は飽きや退屈との戦い。偶然性は意義を感じやすく、人生が楽しくなる要素の一つだと考えている。意義を感じると日々感じる退屈さから解放してくれる。

例えば散歩。散歩は偶然性に頻度高く出会える行為だと思っている。特に昨今世の中が大きく変わり、予期していなかった現実や美しさが以前よりも目に入りやすく、そして感じやすくなった。ライブや野外フェスで聴ける通常音源とは違った演奏もそう。Twitter で繰り広げられる創造性の高いネタツイート群もそう。


先日、オフィスの意味について考えていた。浮かんだのは3つ。

・オフィスは積み上げた文化を表現・共有しやすい媒体であること
・従業員にとって気持ちの切り替えが出来たり、ある時には逃げ場になったり、人格の形成が出来る居場所であること
・偶然性の高いインプットやコミュニケーションが発生しやすい装置であること。


「せざるを得ないこと」に出会うことは、かなりレアな偶然性をはらんでいて意義をより強く持つことができる。自身が行なっている起業という行為がおそらくこれに該当する。

webサービスや音楽、アート、映画、小説等、つくらざるを得ず世に出てきたあらゆるものに心を動かされ続けてきた人生なので、昔は少なからず憧憬の念を持っており、創作する側の景色はどんなものなのだろうとよく想像したが、隣の芝を青く思うことは失礼にあたる行為になると勝手に理解し、今はあまり考えないようにしている。


最近ブログを書く気が全く起こらなかったが、なんとなく手が動いてよかった。あらゆる物事に対して偶然性を見出し、勝手に意義を感じ、勝手に納得したい。

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言語化が下手

僕は昔から、言語化がそんなに得意ではないらしい。

小さい頃も両親から「いきなり会話を途中から始めるな」「主語をちゃんと言ってくれ」「お前はいつも言葉が足りない」と指摘され続けた日々を思い出した。

立場柄、事業のことやチームのことや会社のことや自分のことを対面で直接話したりテキストにして伝えることが多いのだが、最近も言語化能力の無さに痛感することが多くて困っている。サボってた(?)ツケが回ってきたんだと勝手に思っている。何かしらの訓練で解決出来ないものか...。

みなさんよかったら教えてください。

一応、言語化能力を身につけられるような努力はしてみている。つもりでいる。

そのうちの1つが「人以外のモノに感情を持たせてみたり行動させてみる」というもので、これは思考が凝り固まったりすると辛いので、それを解消する目的も兼ねている。

今のところ「風を食べる」「日光を飲む」というような語彙が自然に口から出てくる訳ではないが、勝手に楽しんでいる。

前回、音楽に関するエントリを書いたけど、何か良い語彙を捻り出したかったり深く考え事をしたい時はひとりで音楽を聴かずにぼーっとしたり散歩をしたりする。

小袋成彬さんの『分離派の夏』がリリースされるにあたって公開されたISSUEを読んだ時、勝手に共感した記憶がある。何に共感したかは書きません。

散歩は本当に良いです。無料でいつでも出来てマジで良いので是非試してみてください。

ただ、都会にいると色々と騒がしくて何をしても独りにはさせてくれないので、こういうことは本当は自然の中でやりたい。でも、通常業務や経済的な事情も加味するとあまり現実的ではないのでこれについても何か良い方法はないのか探していたりする。

こちらもみなさんよかったら教えてください。


全然関係ないけど、種田山頭火の「焼き捨てて日記の灰のこれだけか」という詩はどんな境地に辿り着いたら出てくるものなんだろう、とこれを書きながら思った。

音楽サイコー

とてもありきたりな書き出しだけど、音楽は僕の生活に無くてはならないものになっている。

音楽は孤独や苦痛から解放してくれたりしてくれなかったりする。

都会にいると時々、音が聞こえ過ぎたりモノが多過ぎたり人が多過ぎたり、とにかく情報量が多くて辛くなってしまうことがある。

心のバランスが保てない時にイヤホンを付けて音楽を聴く。音楽は生活のペースメーカーになってくれる。

音楽は生活の中に意義を見つける手助けをしてくれる。

辛い時、集中したい時、嬉しいことがあった時、頭を使わなくても出来る作業をひたすらこなす時、あらゆる場面で聴きたいと思える音楽がある。

1つでも多く増えるように友人から教えてもらったり、ストリーミングサービスで探したり、アルゴリズムに教えてもらったり、ネットサーフィンして探したりしている。

音楽は世代や性別、言語や国を越えて他人との関係を繋いでくれる。

エクスクルーシブな関係、インクルーシブな関係を繋いでくれる。インターネットがこれまで以上に関係を繋ぎやすくしてくれた。

音に乗せた詩はスピードと共に高く遠く、そして耳元に届く。

音楽を通じて、うつろう文化や時代、変わりゆく人々の生活を擬似的に体験することが出来る。

音楽からたくさんの事を知って、咀嚼して、生活のペースを作ることが出来ている。

生活はナイスか。音楽は僕の生活に無くてはならないものになっている。


音楽サイコー!