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留学で得られる直接的なメリットについて

留学という目的でカナダのバンクーバーに来て7ヶ月が過ぎたところだ。プライベートな話をすると、たまに体調を崩しながらも怪我などはなく、無事に生活している。外は夏が終わって秋になり、雨が永遠と降っている。脚色とかじゃなくて、マジで永遠と降っている。秋はうつ病になってしまう人が多いみたい。ぼくもならないように気をつけよう(これって気をつけられるものなのかな)。そしてここに長く住んでいる人たちはこの時期になるとバンクーバーのことを「レインクーバー」と呼ぶみたい。

ぼくが感じた留学する直接的(本質的?)なメリットは以下。


  • 強制的に一人になれる環境や時間が得られる
  • その国(土地)の文化を知ることができる

です。これだけ。正直、他にはない。第二言語が習得できるとか、海外在住の友達ができるとかetc。そういうのは全て副次的なメリット。

まず一つ目、「一人になれる時間、って海外出なくても作れるんじゃないの」と思う方もいるかもしれない。今回は留学を前提にした話をしているのでもう一回タイトルから読み直していただけると...と思うのだが、がんばって答えてみる。まだ誰からもツッコまれてないのに。厳密に言えば海外に出なくても一人になれる環境を「意図的」に作りだすことは可能なのだが、それは決して「強制的」ではない。意図的と強制的の差はびっくりするほど大きい(というかほぼ対極にあるんじゃないか)。

強制的に一人になれると、良いことがひとつあって、誰にも邪魔されず「深く」思考できる権利が与えられる。思考するしないはその人の自由だ。が、個人的には人生最低でも一回くらいは一人になってめちゃくちゃ頭擦り切れるくらい苦しんで思考する時期が必要だと思う(ぼくはたぶん一回じゃ足りない)。哲学寄りなカテゴリについて考えてみるとなお良いかもしれない。それやっとかないとマジで人生最大に困った時、対応できなくて最悪詰む、ような気がしている。詰む、の解釈はみなさんに任せます。

さて、もしあなたが深く何かを考えていたとして。ふとしたタイミングにどうしようもない不安感(これであってるのかな、もしかしたら違うかもしれない、みたいな)に駆られる瞬間がやってきたとする。ここで「強制的」のメリットが発揮される。誰にも直接相談できない。わからない、もしかして人によってはデメリットになるのかもしれない。今はインターネットがあれば無料のWebサービスとかアプリを使って母国にいる友達と話せてしまうなんとも便利な世の中ですが、それが根本的な解決に至るとは考えにくい。なぜなら、あなたが手に持っている、あるいは目の前にあるのはただのディスプレイだから。そこには誰もいない。もう一回言いますが、一人で苦しんで考える必要がある。多分、それがのちの人生の糧になると思う。ぼくはまだ20年ちょいしか生きてないからどうなるかわからないが、多分、糧になると思う。多分。あと、深く思考するにあたって不意に耳に入ってしまう母国語は正直、雑音にしかならないので、海外にいるとそれがなくていい。「思考が〜」とかいう話はうさんくさい宗教っぽくてあまりしない方がいいのかなーと思ったのですが、してしまった。まあそういうことだ。

つぎに、その国(土地)の文化を知れるというメリットも大きい。これに関しては短めに。文化を知っていく過程で、これまで自分の中で持っていた常識が通用しない、そんな出来事に何回も遭遇する。これがケッコー刺激的なもので。様々な感情に訴えかけてくる。困ったり、驚いたり、引いたり、関心したりetc。ぼくは毎回すごく楽しませてもらっている。

あと最後に、お金と時間に余裕がある方は留学期間中に他の都市(もしくは国)へ旅行しに行くとなお良いかもしれない。これも解釈はみなさんに任せます。決して話すのがめんどくさくなったとかそういうことではない。

来年以降、「海外に留学したいなー」と思っていらっしゃる方々がもしこの文章を読んで、よかったなと思ってくださればとても嬉しい。もしクソだなと思われた方々はごめんなさい。

あと5ヶ月弱がんばるぞー。

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